母親も僕が小さい頃は内職をしていた。
中学生にあがると。。。近くの電気屋さんで準社員として働いていた。
高校生になると。。。マネキン(服売ったりする人:契約社員)として働いていた。マネキン時代なんて。。。よく考えたら休み週一やったような気がする。
ほんと。。。月25日出勤はしていたと思うんだよね。
今考えると。。。母親も凄いよ。こんなこと何年した?6~7年やったように思う。

母親は毎日のようにノルマに頭悩ませてはいたけど。。。仕事が出来る人だったみたいで。。。会社からいろいろな仕事が舞い込んできていたようです。
シングルマザーの人とか絶対に金を稼がなきゃいけない人達を差し置いて母親に一番最初に仕事がまわってきたりとか。。。そういうのがしょちゅうありましたからね。その人材派遣会社からはかなりの戦力として見られていたんでしょうね。

僕の両親は二人とも僕の目には仕事が出来る人だったように思う。
それでいて二人とも働き者だ。愚痴は言っていたかもしれないけど。。。
それでもやっていっていたからねぇ。
ほんと凄いよ。
尊敬。。。うん。尊敬しています。
僕にはあんな風には絶対になれないから。。。
僕はもう33歳だ。
父親達が33歳の時は僕は中学生だった。
そうです。僕は中学生の子供をもつ年齢になってしまっているんですよね。
あの頃の父親は立派だった。何でも出来る父親だったから。。。
それに引き換え。。。今の僕は?
何も出来ない。。。
一人では何も出来ない。
充分、大人な年齢なのに。
もう33歳にもなっているのにぃ。。。
何一つ一人では満足に出来ない!
そんな腐った野郎なんだよ!

ほんとこういう事を考えると。。。
両親に「生まれてきてごめんなさい」としか言えない。
こんなどうしようもない人間に育ってしまって。。。
父さん。。。母さん。。。ごめんなさいと。。。

僕がこの世の誕生した時の体重は。。。4000g以上あったらしいです。
子供の頃、いつも親に言われました。
「大きく生んだのにこんな貧弱に育ってしまって」ってさ。。。
4000gの赤ちゃんって。。。ほんとに大きいですよね。
僕の出産予定日は12月だったんですよ。
日にちは忘れてしまいましたが。12月の26日とかそのへんだったと思う。
で。。。僕が生まれたのが1月12日。。。。
出産予定日より二週間くらい遅れてしまったんですよね。
というか。。。もう少し出産が遅れていたら死んでいたらしいです。
凄い難産だったようなんですよね。
本当、あの時。。。死んでいたらよかったのにぃ。。。
そうすれば誰も傷つかずにそして僕も僕の両親も苦しまずにすんだのにさ。
ほんと。。心の底からそう思うよ。

生まれてきて本当にごめんなさい。

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