はう。
日記書かないと永遠に書かなくなってしまうので。
今、少しでも書いておこうっと。
ってことで日曜日の話し。

って、何していたんだっけ?
うーん。思いだせん。(汗)

あ、親の買い物に行くための運転手やってた。
あ、財布買った。
スリにあって以来、持っていなかった財布をさきほど買いました。
1000円なり♪~
あ、それと眼鏡買いました。
あれは、そう。
4月頃のお話。
タイに行った時。
パイ行きのバスの中で・・・・。
小さいバスだった。
ぎゅうぎゅう詰で西洋人ばっかりのバスの中で・・・。
うとうとしていて意識がもうろうとしていた時に・・・。
そう。
コトンっていう音だけが私の耳に残っているんです。
今でもです。
それ以来、私の眼鏡が見当たらなくなったのです。
たぶん、きっと、今でもあの小さなバスの中に私の眼鏡が転がっていると思うんです。

パイという街は、チェンマイからメー・ホーンソンに行く途中にある街で・・・。
メー・ホーンソンは通称首長の街で、といっても首長族が住んでいる街ではないのですが。
この街から車まで1時間のところに首長の街があるんですって。
みんなこの町で原付を借りて行ったらしいです。
場所が分らなければ地元の人に「ロングネック、ロングネック」と言えば、場所教えてくれたらしいです。

ってどうでもいい話しですね。
そのメー・ホーソンにバスで行くルートが二つありまして、ホート、メーサリアン経由とパイ経由ってのが
あるんです。
普通はホート、メーサリアン経由で行くのが普通らしいです。
そっち経由のほうがバスの本数も多いですしバスも大型ですしね。
パイ経由は小型でオンボロひどい道。揺られること4時間でつきます。

このパイ経由(北回りルート)の道は第二次世界大戦末期の日本軍がミャンマーからの敗戦ルートに
使った道で、何千人もの日本兵が疲労と風土病で行軍中に命を落とした難所だけあって、凄いひどい道でした。
小型バスがやっと通れるかという道で、高低の差が大きく、酔いも激しく私は一泊二日で帰って来たん
だけどそういう強行軍はやめたほうがいいと思いました。
あと、その街にアーミーの訓練所みたいなのがあるんですけど、そこで写真を取ろうとすると恐いお兄さ
んが近寄ってきていちゃもんをつけられるので気をつけましょう。
天然温泉はただです。
適当なところで入りましょう。気持ちいいです。
原付は無免でもここなら車もほとんど通っていませんので快適なツーリングが楽しめます。
でも、道は凸凹でたまにコケます。
YOSHIKIは偉大です。こんな片田舎の子供でも知っていました。
たいてい日本人を見るとなんでしょうけど、「ヨシキ!ヨシキ!」と声をかけてきます。
最初わけわかりませんでした。

パイの街は雰囲気はよく良い街だったんですけどね。
っていっても日本人一人もいなかったけど、ほとんど西洋人でした。
まあ、ここは日本のガイドブックに載っていないのでしょうがないですけどねえ。

って私は何を書いているんでしょう。
今になって・・・・(汗)
眼鏡をなくして8ヶ月目にしてようやく買ったって話だよ。
もう、視力が落ちて全く見えないんだよ!
夜の運転なんて恐くて出来ない!
ビデオの字幕が読めない!
この前久しぶりにゲームをしようと思ったら、字が読めなくてやめたんだ!
もう限界なのさ!

ってことで買ったけど、出来るのに1日かかると言われた。
っていっても仕事があるからすぐに取りに行けるわけもなく。
今週末にでも取りに行こうと思ってます。
ふぅ。

つまんない日記をまた書いてしまった。
自己嫌悪。